Wi-Fi飛んでる? 神さまって信じてる?

音楽・マンガ・映画・その他 いろいろ感想をメモしておくブログです。

ときのそら『Dreaming!』

★★★☆

ときのそらは、良くも悪くも「こんなことになるとは思っていなかった」VTuberだと思う。


 歌唱力は確かに素晴らしいけれど、決してボカロやアニメソングで求められるような方向に秀でているわけではない。一方生放送ではアリエッタをあまりにも見事に歌い上げ、自他共にプッシュしてないけどピアノの弾き語りがサラッと出来たりすること。この「VTuber的アイドル像」との微妙なズレ……想像の範囲でしかないけど、おそらくはアイドル声優になりたくて養成所とかで頑張ってたタイプではなく、むしろ音大の(しかも声楽)に近い出身・ルーツを感じさせる人物で、インターネットやサブカルチャーにもあまり明るくないし、たまたま「歌える子」だったゆえに企業サービスのPRとして呼ばれることがなければ、この世界に飛び込むことはなかったのではないか(だから本当に「ブレンドキャラバン」で歌うように、<楽しさに釣られ うっかり参加した>人なのだろう)。本人の元々のルーツとは関係なく、気づけばVTuberのうねりの中に飛び込んでしまった彼女。なぜこんなことをだらだら書いたかと言えば、このアルバムも正にそういった「違和感」への模索がたっぷりと感じられたからだ。


 1枚のシングルも挟まず、デビューから全15曲入りフルアルバム(ほぼ全て新曲、インストなし、しかもカバーなし!)を用意したその胆力や「意思」は本当にすごい(VTuberでこんなことした子は今のところ他にいないです)。「とにかく、"音楽”をやりたいです」というアーティストとしての強い強い主張を感じさせるその選択は全面支持したいし、カッコよかった。アルバムとしても単に曲数が多いだけでない、大きなストーリーがあったし、収録曲もバラエティに富んでいてとても聞き応えがあった。ただ一方で、明らかに歌いこなせていない曲が入っていたことも確かだ。石風呂さん大好きだけど「冴えない自分にラブソングを」は全然歌声に合ってなかったし、「Wandering Days」は単にボカロ・ときのそらになってしまっていた(まぁ、そういう楽しみ方もあるだろうが)。そもそもリード曲の「Dream☆Story」ですら、VTuber「ときのそら」のアンセムとしてはいいと思うけれど、ヴォーカリスト「ときのそら」としての最適解には果たしてなっているのか?


素晴らしい収穫もある。「コトバカゼ」の低音重視のメロディライン…特にバックコーラスは驚くほどに艶っぽくてステキだったし、「IMAGE source」は歌ってみたでも時折聞かせてくれるイケボを存分に堪能できる。「ほしのふるにわ」は高音のクセを生かした歌声にピッタリな童謡調の小曲で、「そんな雨の日には」のAメロでは奥華子のような美しいヴォーカルを堪能できる(びっくりした!)。こういう変化球の曲はアーティスト側からオーダーしないと普通出てこないと思うので、きっと本人のルーツに近い「やりたいこと」なのだろう。もちろんルーツが違う子はVTuberやっちゃダメだなんてちっとも思わない。けれどアルバムとして聴き通して、やっぱどこかちぐはぐしているなと感じられたことは確かだ。”アイドル”として求められるきらきらした像と、ネット音楽の流行と、本人の元々の趣向……つまり「得意分野」とのズレ。音楽業界ではありがちな話なのかもしれないけど、どうしてもそれを意識せざるを得ないアルバムだった。今書いたふたつの要素の、ちょうど中間といえるのが「未練レコード」なので、だからアルバム発売後はこの曲が中心にプロモされてるのかなと思う(この曲は歌詞もいいです)。


 とはいえ、だからこそこうした「色々トライしてみた」アルバムが作られたのかもしれない。ピタッとくる、ああ、この曲を歌うためにここまで頑張ってきたんだ、と思えるような宝物の一曲を探すための。そしてもちろん「音楽」はファンとのコミュニケーションのツールでもあって、その意味ではこのアルバムはちゃんと成功していると思う。でも、いつか本人の資質を100%出し切ったアルバムを聴いてみたい。このレコーディングを通じた収穫を元に、ときのそらの旅路は続いてゆく。


 ところでだけど、今作はすべて著名作曲家からの提供曲で構成されているのですが、本人も実は自分で作詞作曲できるのではと踏んでるのですが……どうかな?



 ちなみに、同じく「ルーツは違うんだろうな」と思わせられるVTuberシンガーの代表格に富士葵がいるのですが、つい最近、明らかにルーツと思われる方と邂逅しててめっちゃ感動したので必見です。