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売野機子『ルポルタージュ』『ルポルタージュ 追悼記事』

★★★★★

読み終えた後感情がぐちゃぐちゃになって、途中もページめくってて吐きそうなくらい気持ち悪くなった。こういう読書体験は久々。間違いなく問題作だと思う。

連載開始は2017年で、途中出版社移籍をはさみ、2019年8月頭に最終話が掲載された。どうしてこんな経緯をここで書いておいたかというと、いちおうの誤解を避けるためだ。物語の舞台は2033年。シェアハウスの建物に突如侵入した男により30人が犠牲となるテロ事件が発生。犯人は現行犯逮捕され、中央新聞社会部記者の青枝と絵野沢は、"マスゴミ"として社会や遺族から様々なバッシングを受けながらも、亡くなったひとりひとりの追悼記事(ルポルタージュ)を執筆してゆく。このシェアハウスは"女性たちの声が強くなり"、"LGBTなどのマイノリティ"が持て囃された末に"恋愛"というもの自体が時代遅れとなり、いわば「恋愛を飛ばし」て結婚相手とマッチングするために作られた、流行に敏感な若者たちが共同生活する"非・恋愛コミューン"だったーー。

「恋愛」というメインテーマを据えながらも、断絶してゆく社会構造や、現代のマスコミの存在意義、この時代に“悼む”とはどういうことか、そして理解を越えたテロ事件に対して、被害者・加害者・サバイバー・遺族・シティズンはどう向き合ってゆくべきか、を描き出してゆく本作は、一方で明快に答えを出すようなことはせずに、むしろ「大丈夫かなそれ」って主張もばんばん垂れ流し、そしてそれに翻弄される主人公や人々を見つめるスタイルをとっている。だから「それは感情的に絶対違うけど、でも何が違うのかわからない」もやもやに、読者もまた登場人物と一緒に苦しむことになる。3巻の終わりに主人公が辿り着いた答えは、そのあとの巻であわや最悪になる形で裏切られてしまう。それでも新聞記者は進んでゆく。時に遺族の想いを踏みにじりながらも、SNSや警察すら辿り着けなかった「ひとりだけの秘密」を発掘しながらも。ブクログのレビューで一言「この作品はひとつの『事件』だったのではと思う」と書かれてて、本当に、正にそれだと思った。これは物語というより、"起きた事件"なのだ。人間の心を削り取るひとつの"事件"で、しかしこの作品はぶっちゃけあまり知られていないので、他の「事件」とは違い、SNSで検索してもろくな「心の置き用になるようなつぶやき」は出てこない。1万リツイートされるような「いいね!」に逃げ込むことは決してできない。自分自身でこの「事件」と折り合いをつけ、答えを見つけなければならないのだ。それは、燃えたぎるような苦しみだと思う。

https://www.instagram.com/p/B0DfqxfDumB/

京都アニメーション第一スタジオ放火事件(ぞっとすることに、単独犯であることも、犠牲者の人数も、若者がターゲットにされたことも、マンガに出てくる建物の外観すら、この物語の「テロ事件」と酷似している。めまいがする……)は、おそらく最終話のネームか作画中に起きたのだと思われる。実際にどれだけ作家が影響されてしまったのかはわからないけれど、本作の最終話はそれまでと違い、かなり混乱した、美化した言い方をすれば「エモーショナル」なものになっている。僕はこれもすごい苦手だった。でも苦手と感じたのは、もしかするとこれこそが一番事実に近づいているのではないか、という"嫌な"予感がしたからかもしれない。あなたはこれを読んでどう思うだろうか。心が引きちぎれるような"事件"を、読書を通じてもうひとつ経験してみる気はあるだろうか。こんなにも読んでいて苦しいし、しかもこの作品は何かを"大きく間違えている"ような気もするけれど、しかし一方で間違いなく、間違いなく、間違いなく、この作品は「2019」を予期した、ぞっとするくらい「今」という議題をむき出しでテーブルの上に載せてしまった、破壊的なくらいの問題作だ。パワフルで、挑発的で、しかし迷いと、深い悲しみと、まだ形のない願いに満ちた作品だ。もう一度くりかえそう。あなたはこれを読んで、どう思うだろうか?

ルポルタージュ』→(移籍)→『ルポルタージュ 追悼記事』で、全6巻の漫画となっている。