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くるり「心のなかの悪魔」

★★★★☆

急遽リリースされた未発表曲集『thaw』の1曲目に収録された、くるりの完全初公開音源。時期的には約11年前、『魂のゆくえ』レコーディング時のアウトテイクだという。さらに言えばデモでも、正式レコーディングでもなく、アメリカのスタジオで録られた、たった1回きりのリハーサル・テイクしか残されていなかったらしい。ミックスもきちんと行われていない、このアルバムの中でも随一にラフな音源だと思う。

が、ラフだからこそ、プライベートだからこそ、痛烈に胸に響き、ナイーヴなサウンド、そして歌詞に圧倒される。あまりにも暗くて、救いようもほとんどない、「心のなか」との対話(この「なか」は、確かに「中」だけではないだろう)が、やさしいギターサウンドとピアノ(秀逸!)でやわらかに、そして立体的に表現される。バンドの演奏は熱を帯び、そしてまるで眠りに落ちるように、意識をスッと失うように、心臓がゆっくりと止まるように、終幕する。アンテナが立っていないとあまり多くのディティールを受け取れない、決してキャッチーな曲(または音源)ではないけれど、この「なかなかない」感じ、ザッツくるり、ザッツ岸田繁である。見事な作品だ。

なるほど確かに、この音源のままオリジナル・アルバムに収録すると、あまりに周囲から浮いてしまって難しかっただろう。そして、これをもう一度アルバム用に録り直したなら、失われてしまうものが多すぎる。こんな企画でなければ表に出てくることはまずなかったに違いない、素晴らしい音源です。鳥飼茜*1が作画を担当している、ネームからVコンテを作ったようなラフなMVもよく雰囲気に合っている。リハーサル音源と、“マンガのリハーサル”であるネームを組み合わせるアイデアが素晴らしいなぁ。

『魂のゆくえ』はくるり史でもかなり暗い内容のアルバムなんだけれど、何らかの形でこの曲がもし入っていたなら、さらに立体的に浮かび上がる1枚になっていただろう。そういう意味でも歴史を埋める、ミッシング・リングといえる存在だと思った。

*1:ぜんぜん存じ上げない方だったのですが、浅野いにおの奥さんらしい。