Wi-Fi飛んでる? 神さまって信じてる?

音楽・マンガ・映画・その他 いろいろ感想をメモしておくブログです。

『君たちはどう生きるか』

★★★★★

とてもまっとうな児童文学だった。

(当たり前ですがネタバレです)

僕の大好きな岡田淳さんの代表作『二分間の冒険』にも見られるような、そして宮崎駿だと『千と千尋の神隠し』におそらくは一番近い、いわゆる「行って帰ってくる」系の児童文学王道ストーリー。子どもの心にはあまりに過酷な現実……それが生み出した「ゆがみ」を自分で取り戻す(幼き心の防衛本能)ために生まれた悪い心、誰かを傷つける意地悪な心。それはいつか大人になるまで残るものになってしまったかも知れないけれど、たまたま少年はそれによって、見えないものが見えて、聞こえないものが聞こえ始める。「案内人」(=イマジナリーフレンド、『二分間の冒険』であれば黒猫)に導かれて異世界から帰れなくなるけれど、その異世界は、実はいまの自分がいまの現実を受け止め直すために心が作り出した「現実とよく似たもう一つの世界」で、だから登場人物は共通しているし、その「もう一つの世界」で少年は、なんとか「いまの自分」を受け止め直すための物語を、自分自身で、作り出してゆく。整合性なんてない、連続性なんてない、夢の連続のようなそれは、実は少年本人が次はどうしよう、どうしようって、作り出しているからそうなるのだ(もちろん「宮崎駿……老けたな……」というのも否定しない)。そして少年は、その世界の中で、ようやく本当に会いたかった人にたどり着く。「心の登場人物」として、出会い直す。「母親と息子」という立場ではなくて、まるで一夏の思い出のような、もう会えないけれどずっと心に思い続けるような、そんな親友のような存在として。少年は母親の死を乗り越える。そして「少年がもう戻れるようになった」から、少年は元と世界へと戻れるようになるのだ。……という、本当に「児童文学」あるあるというか、児童文学フォーマットをこれでもかとなぞりまくる超王道・超まっとうな児童文学で、そして児童文学で最も取り上げられるようなテーマに最後は落ち着いてもいって、僕の近くの席に座ってた方もだいたいそうだったけれど、ラストシーンでは号泣させられてしまった。宮崎駿映画で号泣するなんて!!*1 ていうかあんなわかりやすい「感動の盛り上がりポイント」みたいなものをあの宮崎駿作ってくるなんて!!! エンタメやんけ!!!!

説教くさくも素晴らしかったのは「あの世界の主」の存在だ。あれは宮崎駿のメッセージ役として配置された、いま書いたような「まっとうな児童文学フォーマット」のひとつ上のレイヤーに重ねられた要素だろう。「世界の主」が言う、美しい世界を生み出すためのそのエネルギーが、実はあんな自然の摂理に反したような、空に浮かぶ、それはそれは不気味はどす黒の塊なのだ。少年はあの「理想に満ちた美しい世界」*2をぶっ壊す。思い出したのは『天空の城ラピュタ』だ。30年越しに僕は、もう一度あの映画が描こうとしていたものに向き合った。現実に戻るんだよ。地べたを這って、醜くても、汚くても、悪い人間だとしても、生きてゆかなければいけないんだよ。

「原液のような宮崎駿」だ、という論評を多く見かけるけど、本作はむしろだいぶ「薄まった宮崎駿」だと思う。狂気的な絵作りはだいぶ後退していたし、過去作と比べても、色々なものがかなりマイルドだ。中盤から思い出したように「ジブリ映画的サービスシーン(かわいいマスコットキャラ、美味しそうなフードなど)」も散りばめられ、むしろ過去作と比較して(少なくともこの20年間では最も)見やすさすらあると思う。難解だという感想も見かけたけれど、そもそも児童文学の世界ってああいうものなのだ。不思議なものがただ次々に出てきて、そこにはつながりも、伏線もない。なくていい。わからないものがある=難解、ってみんなつい書きがちだけど、わからないものは、わからないままにしておいてもいいのだ。映画って(物語って)実はそれだけ自由なものだから。作品のテーマがあんなに簡潔明快なのだから、あとは「あちこち色々変だったなぁ」って思えばいいんじゃないかな。けれど、それは、少々この映画を擁護しすぎな見方かもしれない。『千と千尋の神隠し』や『もののけ姫』の方が、映画としては圧倒的に素晴らしいしずっと面白いだろ、というのは実際その通りなので(さすがにね)。

それでも、宮崎駿の本当のルーツである「児童文学」、彼なりの児童文学が僕には本当に突き刺さったし、大好きだ!と思ったし、そういう意味では「原液」というよりは「原点」の映画で、そしてこれが最も重要なんだけれど、多くの人にとって宮崎駿の映画そのものが「幼き日にどっぷりハマった児童文学」だったわけで、だからこの映画はこんなにもみんなを(大人を)感動させているのだと思う。私たちの児童文学は、結局のところ、宮崎駿だったのだ。『崖の上のポニョ』は児童映画に見せかけた狂気(それが最高ではあった!)だったし、『ハウルの動く城』は単純につまらなかったし、『風立ちぬ』は素敵だけど大人のための映画*3だったし、その意味でも、いつまでも彼の児童文学の新作が読みたかったぼくたちに、だからこの映画は突き刺さるのだ。

余談ですが、今年の5月に初めて甥っ子が産まれまして、実はこの映画を見おえて最初に思い浮かんだのは、その子の顔だった。もうちょっとだけ成長したら、ぜひこの映画を見てほしいな。わからないものもいっぱいあると思うけれど、わからないものは、わからないままで、でもずーっと色々なシーンが忘れられない、大切な一本になってくれたらと思った。

SNS断ちして映画に臨んだので、涙が止まんないまんまエンドクレジットに入って米津玄師が流れてきて「ウソーー!!」ってビックリし、涙がサッと引っ込んじゃったのが残念といえば残念だった(でもいい曲ね)。あと、木村拓哉の、悪い人ではないんだけど高慢で鼻持ちならない家父長制の擬人化のようなイヤ〜な父親がめちゃハマり役だったのがすごく良かったですね。

ここまで推敲なし!一気に書いた。もう一度見たら、また感想は変わるのかもしれない。

 

*1:ちなみにジブリ映画に泣かされたのは『思い出のマーニー』以来2本目です。そしてマーニーも、根幹のテーマは実はほとんど同じで。

*2:本当はそれすら自分自身で生み出しているわけだけど=児童文学のフォーマットで言えばネ。

*3:子どもが読むちょっと大人の本、ではあったかもしれないけれど。