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音楽・マンガ・映画・その他 いろいろ感想をメモしておくブログです。

富士葵『有機的パレットシンドローム』

★★★☆

富士葵のファーストアルバム。これも出たのが1年前……*1

ときのそらのアルバムでも書いたけれど、富士葵もまた、「ルーツはオタクカルチャーとは全然違う所なんだろうな」と思わせられるVTuberシンガーの一人。一回聴けば「おおっ!」となる歌唱力は確かに素晴らしいのだけれど、これもまたときのそらと一緒で、「オタクカルチャー的な曲」に特化した個性かというと、意外とそうでもないかなというか、どちらかといえばじっくり聴かせるタイプの大人っぽい歌声の持ち主です。そこのギャップにときのそらは『Dreaming!』で苦しみつつも立ち向かっていたのかな、という印象があったのですが、『有機的パレットシンドローム』はちょうどその真逆。一見バラエティ豊かな内容に見えて、その実すっごいコンセプチュアルな1枚に仕上がっていた。

ちょっと悪くも聞こえる言い方をすると、「平成初頭のアニソンシンガー」のようなオールドファッションのアルバム。「MY ONLY GRADATION」の影山ヒロノブみたいなノリや、「まだ希望に名前はない」の90'あふれる歌詞やアレンジ(ギターの感じとか特に!)は多少アップデートされているとはいえ思いっきり懐メロのそれだし、4曲目としてはあまりにも重い*2「Let it snow」も、今の10代が聴くバラードというよりは、20年前の、お父さん世代の「歌姫」要素が強く感じられる。これに続く、思いっきりスガシカオに挑戦したファンクナンバー「イタリアンレストラン」の唐突さも面白い。次のナユタン星人提供の「エールアンドエール」でいきなりボカロになるのですが、さすがにこの1曲だけは浮いていて、その後の「君のミライ」や「ユメ→キミ」も、ああ、僕が小学生の頃のアニメでかかってたヤツだな……って。

楽曲そのものもだし、特にアレンジなんだけれど、あまりにも聞こえ方が古臭いのでもっと大胆に「イマ」に寄せてもいいのかな、とは正直思った。けど、だけれど、これはこれですごい完成されているというか、全体を包む「懐メロアニソン」感が非常にコンセプチュアルで、アルバムという「作品」としての強度がしっかりあって。「まだ希望に名前はない」のノスタルジックな手触りなんて聴けば聴くほどに確かに心地良くて。これがやりたいことならば、やるべきだし、その意志の強さはすごくリスペクトできる……! やっぱりこの歌声に、このアレンジをのせたら、ピッタリくるんですよね。30年前に30歳ではなかった自分でも、はっきりそう感じられる。それくらいマッチしている。「VTuberだから」……という枕詞に良くも悪くも縛られてなくて、そこがめっちゃすごい。こんなカワイイジャケットのアルバムの中身がそれ、というギャップにくらくらもするけれど……!

だから、今まで気づいていなかったけれど、実は最初っからやりたいことがバチッと決まってるアーティストさんだったんだなと。これが「ONE TEAM」の成果なのか、あまり意図しない結果こうなっちゃったのか、ではかなり印象が違うのですが、とにかくアルバムとしてはそういう1枚でした。正直、全体的には自分にとってあまり耳馴染みがないジャンルだし、いま流行っている音楽でも特にないかなと思うので、オススメ……かどうかは微妙だけれど、でもこの感想文でちょっとでも興味を持った方がいれば、絶対にハマると思う。その場合はぜひ。自分は「オーバーライン」が良かったです。

*1:2020年12月19日執筆現在。

*2:そして、だからこそこの曲順だといい意味で「目立つ」。